山の怪談第三弾
蝦夷鹿奇譚
2000年11月24日(木)
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山の怪談第三弾です。これは、怪談と言うより不思議で不気味な話なのですが、どうか我々の驚きを察してください。



それは、4〜5年前のこと。僕ら4名は芦別岳を登り、その帰り道にハイランド富良野という温泉へ車で向かっていた。
すると、途中の山道で不思議なものを見かけた。
一頭のエゾ鹿が道路脇に立っているのだが、すぐそばで道路工事が行われていて、警備員がダンプを誘導しているのに、まったく逃げようとしない。
こんなに往来の激しい場所で逃げずにじっとしているなんて、警戒感の強い野生のエゾ鹿では考えられないことである。

気になって、車を寄せてゆっくりと前を通り過ぎてみた。
エゾ鹿は、首をピンと上に伸ばし、まっすぐ前を向いたまま微動だにしない。
よく見ると、頭に雑草が着いていて風に吹かれて揺れている。それでも瞬きもせずまったく動かない。

おそらく、剥製の鹿なのだろう。だが、何故こんな所に剥製の鹿が置いてあるのだ?
「きっと、安全看板の代わりに、鹿の剥製を置いてあるんだよ!」陽気なG君が言い放つ。
「そうかー?看板の代わりになるかなあ・・・」どうにも腑に落ちない。
それに剥製にしては、妙に生々しいのだ。
しかし、先を急ぐのでそのまま僕らは温泉へ向かった。
なにか、割り切れない気持ちのまま・・・

さて、一時間ほど快適な温泉につかり、すっかり気分のよくなった僕らは、薄暗くなってきた帰路についた。
国道から温泉へは山道を往復するので、再び鹿の居た場所を通ることになる。
「あの鹿、まだいるかな?」「なんだか不思議だよねー」
車内で自然と件の鹿の話になった。皆も、なんだか気になるらしい。

しばらくして、前方に工事現場と鹿が見えてきた。やっぱり同じ位置にいる。
「やっぱり、剥製だね。でも、どうしてあんなところへ置いてあるのかなあ」
その時、G君が叫んだ!
「あーっ!!」
「どうした!?」
「なんだか、さっき見たときと違う!」
そう言われてみると、たしかに行きに見たときと何かが違う。
うーん・・・なんだろうか?「あっ!首の角度が違うんじゃないか!?
そうなのだ、最初見たときには上に伸びていた首の角度が、今はかなり下向きになっているのだ!
どういうことだろうか?良くできた機械仕掛けの剥製なのか?
私は、道路端に立っている鹿に車を寄せて止めて、鹿をよーく観察してみた。

なんだか、やっぱり剥製にしてはリアルすぎる。でも、こんなに近づいてもまったく反応しないし、目にもまったく生気が無い。変わっているのは首の角度だけだ・・・その時!
突然鹿の口から血と、真っ赤に充血した舌べろが垂れてきた。
「ぎゃー!」車内は騒然となった。

そこへ警備員が駆け寄ってきたので、事情を聞いた。
この鹿は今日ダンプにはねられたのだが、その後自力で立ち上がり、なんとか道路脇まで歩いてきた後、そのままじわじわと立ちながら死んでいっている最中なのだと言う。
「この鹿、うちらも困っているんですよ。そうだ!あなた達、持って帰ってくれませんか?」警備員は、恐ろしいことを言う。
「嫌だよー!」「こんなのいらない!」僕らは口々に叫んで、車を急発進させた。
もう、皆半泣きである。温泉ですっきりした気持ちも吹っ飛んでしまった。
鹿よ、頼むから、すみやかに成仏してくれ。


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